水商売から転職できた!職歴対策と昼職両立までの3ステップ

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【昼職転職体験談】キャバ嬢を社会の底辺呼ばわりしたヤツを見返したかった!!

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私の水商売からの転職先は、看護士の昼職です

18歳、高校を卒業してみたものの特にやりたいことは無かった私。

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早くに父を無くし、親に経済的に負担を掛けるわけもいかず、とりあえず住んでいた街から電車で2時間くらいの都会に出てみました。

その街で中学時代の友達がやっていた仕事がキャバ嬢でした。

その時の友達の姿がとても垢抜けていて、キラキラして見えたから私も友達に誘われるまま夜の世界に入って行きました。

初めのうちは慣れないお酒作りや、お仕事で疲れたおじさんたちの愚痴に付き合わされたり、酔っ払いに絡まれたりで、毎日毎日うんざり…。

1ヶ月もしないうちに辞めようかと思っていたくらいでした。

しかし、働いて初めてのお給料日。

分厚い封筒が目の前に…。

当時私の居たお店は手渡しだったのでその封筒の重みに、生まれて初めて自分の力で生み出したお金だと感激しました。

その時、自分の中でキャバ嬢も仕事の一つなのだと少し誇りを持つようになりました。

それから、半年が過ぎキャバ嬢の仕事も板に付いて来た頃、ある変化が起こりました。

私をこの世界に引き込んだ友達がキャバを辞めると言い出したのです。

つい先日までいつもと変わらずキレイに着飾り、楽しそうにしていた彼女がどうして急にそんなことを言い出したのか分からなかったのですが、彼女は涙を流しながら言いました。

「赤ちゃんができた…。」と。

相手はお客様で、彼女自身は好意を抱いていたのですが、相手は所詮一夜限りのお遊びに過ぎなかったそうで、その子どもを認知しませんでした。

そればかりかその男性は彼女に向かって「キャバ嬢なんか社会の底辺じゃないか!」と罵声を浴びせたと言うのです。

私はその言葉に怒りを覚えると同時に、虚無感で胸が張り裂けそうになりました。

怒りを覚えたのは、キャバとしてお客様に喜んで頂けるよう努力をしてきたからこそ。

そんな自分を認めていたからこそ。

周りのキャバ嬢仲間が涙を飲み込みながら笑っていた姿を見ていたからこそ。

しかし、それらも社会の人様から見れば「底辺の仕事」だったのです。

私はその言葉とともに、母の姿を思い出しました。

そう言えば、母にキャバ嬢をやっているとは言えていない。

それどころか、最近は連絡すらもしていない…。

自分の娘がキャバ嬢をやっていると知れば母が悲しむかも知れないと思い、いつしか連絡をしなくなっていました。

彼女は言いました。

「私はせっかく宿ってくれたこの子を堕ろすなんてしたくない。でもキャバ嬢の子どもになんてしたくない!!この子が誇れる母親になりたい!」と。

そして私は、妊娠を暴露してくれた彼女にあることを決意しました。

「じゃあ、そうなろうよ。」と。

その日から、私は大学のパンフレットや、様々な専門学校の資料を集めました。

その中で、私たちの目を引いたのは看護学校の資料でした。

働きながら定時制で行ける学校があることを知り、ひとまず妊娠中の友達は今期は見送り、私だけそこへ進学することに決めました。

願書の請求まであと約3ヶ月くらいだったでしょうか?

その日から夜は働き、昼間には必死に勉強しました。

もう社会の底辺とは言わせない!

母親を安心させたい!

その一心で。

見事その年の試験に合格し、今までキャバ嬢の仕事でためた資金で入学金を支払い、働かせてくれる病院に面接に行きました。

私は面接でこれまで自分がキャバ嬢をやっていたこと、そして底辺と言われたこと、キャバ嬢をやってるうちに人と話すことが好きだと気付き、話すことで和ませることができると気付いたこと、そして何より人のために立ちたいと思ったこと、すべてを話しました。

医院長先生は「底辺の仕事なんて無いです。あなたは病人より手強い酔っ払いの相手で看護師にとって一番大切なスキルを身に着けてきましたね。

大いにそのスキルを活かして素敵な看護師になりましょう!」と受け入れてくださいました。

お陰様で私は現在看護師として働いており、友達も子供を育てながら看護師として働いています。

母も看護師になったことを心から喜び、誇ってくれています。

私はキャバ嬢を社会の底辺だなんて思いません。

あの頃の私があるから今があります。

彼女たちは、様々な思いを飲み込みながら、いつものきらびやかな笑顔を見せてくれていることを知っているから。

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