水商売から転職できた!職歴対策と昼職両立までの3ステップ

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【昼職転職体験談】京都木屋町キャバクラの激戦区でNo.3に登りつめたその先

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私の水商売からの転職先は、接客業(アパレル)の昼職です

私がキャバ嬢になろうと思ったきっかけはキャッチです。

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当時18歳で京都府でバスガイドとして勤務していた私は日々の激務に追われ疲れ果てていました。

寝ずに勉強して毎日汗かいてお姉さんやお客様に気を使って毎日クタクタになって帰ってきても安月給。

割に合わないと感じていました。

河原町や祇園に買い物で向かうとキャッチに1日5回位は声をかけられていました。

毎回声をかけてくるから何人か顔見知りもできたくらいです。

安月給で今月お金がピンチだなと思っていたそんな時に「1日で1万円稼げるよ」と声をかけられ話だけでもと思いキャッチの方とカフェに入りました。

話を聞けば時給が平均2千円、祇園なら5千円は出る。との事です。

試しに一日だけ…と体験入店を決めたのです。

いざ体験入店をしてみるとお客さんの来店は無く勤務時間のほとんどを座っているだけで1回お客さんの席について一杯小さなグラスに入ったカシスオレンジを飲んだだけで8千円ほど頂きました。

こんなに楽に稼げる方法があるのだと驚きました。

毎日汗水垂らして働いてる自分が馬鹿らしくなってしまったのです。

それからというものたまに出勤することになりました。

そして19歳の時にとうとうバスガイドを辞めてキャバクラ一本でやっていくことを決めました。

バスガイドをやめてからの毎日は朝早く起きるとこも無く、お姉さんに気を使うことも無く、金髪にしたりネイルをしたりやり放題。

誰かに縛られることもありません。

専属で入店を決めたお店はキャバクラの専門誌に載っており木屋町では有名なお店でした。

ドレスでヘアセットは必ずするお店で、ヘアセットも雑誌で見かけるtheキャバ嬢!と言う感じの盛りヘアが日常でした。

女の子は同世代の10代〜20代前半が多くすぐに仲良くなりました。毎日ワイワイお酒を飲んでお話して自由な楽しい毎日でした。

お店の営業時間は20時から4時位まででしたが、太客のお客さんや団体のお客さんがいると朝7時まで営業していることもありました。

今思えば営業違反です。週6位で出勤していたので自然と順位も上がっていき気付いたらNo.3までになっていました。

この時収入は70万位です。

ですがこんな楽しい夜の世界にも落とし穴があったのです。

当時働いていたお店はお客さんが来ない時間つまり待機時間はエレベーターの前で待機することになっていました。

お店は8階建てのビルの4階でしたが、エレベーターからの隙間風が凄く夏は良かったのですが冬場は鳥肌が常に立つくらい寒かったのです。

そんな毎日で体調を崩してしまいました。

キャバクラには大抵ルールがあります。

うちの店は欠席をすると1万円罰金というシステムがありました。

1日欠席。

そして治らず次の日も欠席。

無理矢理出勤したが次の日欠席。

というふうに欠席を続け罰金地獄になりました。正社員じゃないから健康保険も持っておらず多額の医療費。

毎日のお酒やストレスで十二指腸潰瘍になっていました。

それをきに私の体はこんなに無理をしていたのだと初めて気付きました。

このことをきっかけに転職をしました。

転職先はアパレル業。

ファッションが好きということでショップ店員になろうと考えました。

転職サイトのバイトルで求人を見つけました。

履歴書にキャバクラ勤務 なんてかける訳もなく、今までバスガイドをしていたことにしました。

面接時はバスガイドで培ったコミュニケーション能力や、ファッションに対する気持ちなどをアピールしました。

その後晴れてショップ店員に転職。

21歳の時でした。

ショップ店員になってからは給料の低さ、自分の体力の衰えに驚きましたが、毎日おじさん達に色恋かけた連絡をしなくていいという開放感がとてもすがすがしいかった。

こうして夜の世界から足を洗った私ですがお金よりも体が大事だと思いました。

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